しばらくの沈黙の後、私の問いかけにAさんは、しっかりした口調で「やります、やりきります。」と答えてくれました。

「頑張ります。」や「やってみます。」ではなく、きっぱりと曖昧さが無いところにAさんの覚悟のようなものを感じました。

 

それからの頑張りには目を見張るものがありました。

通常6週間以上かかるカリキュラムを、4週間でやり遂げました。

 

しかし入塾してすぐに受けた模試での結果は、予想通り厳しいものでした。

志望高校の合格ラインから偏差値で10近く低かったのです。

それでもめげることもなくAさんは今まで以上に勉強に集中していきました。

10月の模試でも大きな変化はなく、あとは中3最後の模試の結果次第となりました。

結果は、5教科平均で偏差値が5上がっていました。

通常であれば偏差値が平均で5上がること自体大したことなのです。

しかも入塾して4ヶ月しかたっていません。

Aさんは本当に頑張ったのです。

しかし、志望校との差はまだ5近く開いています。

 

2月下旬、三重県の公立高校入学願書の締め切りです。

Aさんは今まで以上に勉強に没頭しています。

自宅でもお母さんが体を心配するほど机に向かっているとのことでした。

 

受験高校の倍率が発表されました。

皮肉なことにAさんの志望する高校は、三重県で一番の倍率でした。

私は早速電話してそのことを伝えました。

内心、今なら志望校の変更もできる、そうであれば早く手続きをしないと、という思いもありました。

倍率のことはAさんも知っていました。

それでも答えは変わりません。

「そうか、わかった。最後まで頑張ろうな。」と電話を切りました。

 

高校入試合格発表の日は、シトシトと小雨が降る底冷えのする日でした。

会場でAさんを見かけましたが、遠目にも緊張している様子がわかったのであえて声をかけるのはやめておきました。

定刻を少し遅れて合格者番号が書かれた用紙が張り出されました。

受験生がいっせいに、自分の番号を探しにいきます。

「やった!」「あった!」あちこちで湧き上がる悲鳴にも似た歓声、その中で肩を落とし友達にもたれかかる女の子、携帯で親に報告をする子、それぞれの人生の一幕がそこにはありました。

 

混雑の中、「先生!」という声に振り向くとAさんがお母さんと一緒にニコニコして立っていました。

「合格した!?」

「うん、合格した!!」

「やったな〜!」

あとはもう声になりませんでした。

 

Aさんは、志望校に合格しました。

しかも普通ならきっとあきらめてしまうほどの成績差のある高校に大逆転で合格したのです。

でも、私には「志望校に合格することよりも大切なこと」を、この受験勉強を通して学んでくれたことの方がうれしくてなりません。

なぜなら、その大切なこと学んだAさんならこの先に続く試練も乗り超えていけると自信を持って言えるからです。

その年の夏も暑い日が続いていました。

 

そんな夏のある日Aさんはお母さんと一緒に面談に来ました。

夏休みに入って、2週間ほどが過ぎていました。

 

いろいろと話を聞くうちに、今までは部活・命であまり勉強してこなかったこと、でもどうして行きたい高校があること、などがわかりました。

今まで模試などは受けたことが無いということなので、学校の定期テストの結果を見せてもらいました。

点数は志望校のレベルとは離れていて、高校入試まであと7ヶ月という時間を考えると志望校合格は厳しいと言わざるをえませんでした。

 

「Aさん、単刀直入に言うけど、今のままだと志望校合格は厳しいよ。」

話を聞く Aさんは硬い表情でしたが、それでも私を見る目はしっかりしていました。

「でも、君の頑張り次第では可能性が無いわけでは無いよ。」

と続けました。

そして私は、受験までのカリキュラムが書かれた「高校入試 Road Map」の冊子と夏期講習のテキスト一式を「ドサッ」と Aさんの前に置きました。

重ねたテキストの厚みだけで20センチ以上はあります。

「これが、この夏の間に完了させるカリキュラムとテキスト一式です。

今までこのカリキュラムを完了させた先輩たちは、みんな成績を上げて志望校に合格しています。

残り4週間を切っているけど、君がやりきると約束してくれるなら一緒に頑張りたいと思うけど、どう?」

沈黙が続く中、エアコンの効いた室内で、セミの声だけが遠くから聞こえていました。